2007年 04月 23日
パンツが見えたらうれしいか? うれしい。世の男子はほとんどそうだろう。でも、なぜうれしいのか? 井上章一は「パンツが見えた。」で、独自の説を展開する。 昔の女性はパンツをはいていなかった。それは知っている。ではいつからパンツをはくようになったのか。 よく言われるのは「白木屋百貨店火災事件」 しかし、著者はその説に真っ向から異を唱える。当時の新聞や警察発表から、「パンツをはいていなかったから、火災から逃げられなかった」という風評を一掃する。そのうえで、昔の女性はパンツをはいていなかったから、「今とは違う羞恥心を持っていた。あるいは持っていなかった」のではないかと推察する。その根拠を当時の文学に求め、一つ一つ検証していくのである。 まあ、ひと言で言うと、実にくだらないことを一生懸命、大まじめに取り組んで解説しているのであるな。それがまた面白いのだよ。だって、他では誰もやりそうにないねんもん。 昔々の女性は、パンツをはいていなかった。だから時々「そのもの」が見えたりした。それを「死ぬほど恥ずかしいこと」とも思っていなかったようだ。という説が展開される。 まじめにまじめに、数々の例を挙げて解説してあるので、納得していくのだな。 さらに進んで、「ではいつからパンツを見て、うれしいと思うようになったのか」というところに行くのである。 ああ、そういえば僕が子供のころは、スカートから覗くパンツを見ても、あんまりドキドキもせえへんかったかなあ。いや、あれは子供やったからか。そういえば「スカートめくり」なんてのがはやったのは、いつやったかなあ。 そのあと、中学生のころは確実に「パンツが見えた」ら、うれしかったな。それでも時々、「そんなん見て、何が面白いの?」と開き直る女の子がおったのはおった。 つまりこの本で述べてあるように、女性と男性では羞恥心の感覚にズレがあったのだろうなあ。パンツが見えてこっちは喜んでても、見られた当人は「ふん」と平気であったりしてね。 そういうふうにいちいち納得してしまう。そして人間の感覚とか常識とかは、時代によって変わっていくもんやということを再認識させてくれるのだ。いい本やな。 ただねえ。まじめにまじめに取り組みすぎたか、論の展開が「これでもかっ」というぐらいにくどくなってしまっていてね。最後まで読み切るのはちょっと根性がいったよ。途中で言いたいことは分かってしまうし。まあ、学術書というのはそういうものなのかなあ。
by tacobu
| 2007-04-23 00:20
| 本
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