たこぶ・ろぐ-日本一お気楽な48歳-

tacobu.exblog.jp
ブログトップ
2007年 10月 28日

【らも-中島らもとの35年-】中島美代子(集英社)

2004年末、52歳で亡くなった中島らもの夫人による回想録。
実を言うとこういう回想録とか追悼文集のようなものは苦手である。亡くなった人に向かって語りかけられると、どうにもこそばゆく、身の置き場がなくなってくる。
「そうだよね、らも?」
なんていうのあると、もうおしまいだ。先に進むのが難しくなる。なぜか。それはその呼びかけが、答えがないことが前提なので、身勝手な呼びかけに終わってしまうからということもあるような気がする。もちろん、その言葉遣いそのものへのこそばゆさもあるけど。

で、そういうのが続くかと思いきや、意外にも本編になると淡々とした語り口調になって、自分と中島らもとの出会いから結婚、二人の生活、そして死、というぐあいに綴られていく。
ウソです。全然淡々としていない。なんか、読んでいくうちに気分が悪くなってくる内容なのだ。いろんなことが赤裸々に語られる。結婚前の、それぞれの人生。著者の、清荒神の大邸宅でのお嬢さん暮らし。らもの進学校からの転落人生(といっていいだろう)。
しかしそれぞれに、もっともらしい説明というか、言い訳のようなものがだらだらとついてくる。それも繰り返し繰り返しついてくる。自分ではそういうことで納得できるんでしょうが、他人である私ら読者が読んでも「???」と思われるような内容なのだな。まあ、これがフィクションならおもしろい解釈としてなりたつんやろうけど。

つまりはこれは「中島美代子」という女の目を通しての「らも」の話なのだ。それがどこまでも続いてる。ああ、あかんなあ。しまったなあ。前に郷ひろみの「ダディ」を読んだとき、その自分中心の視点に「なんじゃこら」と思ったのだなあ。中島美代子はタレントではないし、中島らもは二谷友里恵ではないけれど、相手に対する自分勝手な視点という点では同じ。
さらに言うなら、全編これ「わたしはエライ!」のオンパレードなのだ。
中島らもの「最初の女」にして、死を看取った女。らもがほかの女と寝た以上にほかの男と寝たワタシ。どの「女」よりも中島らもの理解者であり続けたワタシ。それが前面に出ている。
一番ライバル心を燃やしているのが、「ふっこ」こと、劇団リリパット・アーミーの主宰者わかぎえふ。公私に渡るパートナーとして生活していたわかぎえふに対する闘争心というか、対抗心というか。劇団の活動そのもについての評価も手厳しい。劇団と別れてようやく元の中島らもになった、と書いているけれど、本当はどうかは、らも以外にはわからんよなあ。

つまりは、この本を通じて語られるのは、らもとの回想録とかいう生易しいものではなく、ひとりの女の高らかな「勝利宣言」なのだな。それはらもの回りに居たいろんな女、あるいはいろんな人への勝利宣言なのだろう。かってに「勝った」と言うといてくれ。最後まで付き合って、疲れてしまいました。
期待が大きすぎたか。中島らもはおもしろい(それもものによりけりやったなあ)のになあ。その100分の1か1000分の1ぐらいの面白さ。
[PR]

by tacobu | 2007-10-28 19:42 |


<< 健康まつり      大阪市バスのサービス >>