たこぶ・ろぐ-日本一お気楽な48歳-

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カテゴリ:音楽( 101 )


2008年 05月 07日

楽譜を眺めてああでもないこうでもないと

今日はわたくしの実家に行っておりました。ぶたこのブログを打ち出したのを携えてね。思ったとおり「へええええ」と言ってくれましたわ(^◎^;)。そらそうでしょう。
「こんなけ書くのは才能がいるなぁ」と言うてましたが、才能というより慣れ、かなあ。ま、わたしらは慣れてしまっているのでね。
お昼時に行ったので、お昼ご飯をよばれました。焼きそばとサケの刺身。「ぎょうさん食べ」と言われて、やまもりいただきましたが、食べきられへんかったわ。皿から溢れんばかりの母の愛(^◎^;)

帰りに、梅田に寄りまして。楽譜屋さん「ササヤ」で、女声合唱の楽譜を買いました。楽譜を買うのもひさしぶりやなあ。コーラスで練習する曲を選ぼうと思ってね。ちょっとまえ、ぶたこがNYに行く前にも行ったけど、いやあ、楽譜っていっぱいありますなあ。わたくしが若いころは、合唱の楽譜なんてそんなになかったであるよ。あんまり作曲する人もいなかったし。今もそんなに多くはないのか。でもひとりが何曲も作ってたりするのだね。それもけっこういい曲が多いのかなあ。って、楽譜を見ただけではわかりませんがね。

女声合唱は、若いころのわたくしの範疇にはほとんど入ってこないものでしたので(ちょっとだけ、おかあさんコーラスの指揮をしてたことはあったけど)、どんな曲があるのかも(有名なのは知ってるけど。そんなんは難しすぎてパス)知らんのですから、大変。
パラパラと楽譜を見て、ちょっとふふふんと鼻歌で歌ってみて(店の中で音とりなんかでけへんわなあ)、いい曲やけど、音が高いなあとか(五線よりうえにはみ出すものはパス)、でもやってみたいなあとか、いろいろ考えて3冊選んで買ってきました。


それにしても。今日は暑かったなあ。まあほとんど家の中におったわけやし、梅田に出てからもほとんどビルの中やったから、それほどしんどくもなかったんやけど(バスの中はクーラーが効いてたな)、それでも途中でのどが渇いて仕方なくなって。自動販売機でミネラルウォーターを買って一息いれてホッとしましたがな。ササヤが入っている駅前ビルは(第1ビルから第4ビルまである)、なぜかそこらじゅうに自動販売機がありましてね。しかも「Drink Station」とかいう、無料休憩所まであるんですな。自販機のジュースを買って、休憩所で座って飲める。いい考えかも。


家に帰って、晩ご飯を食べつつ、楽譜を眺めつつ。この中から、次の練習でできるものが見つかればいいのですがね。
今日のご飯はこんなものです。
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魚がなくなったので、ちょっと奮発してというか、コレぐらいはいるやろうという野菜炒め卵からませ(なんというネーミング)と豆腐とコロッケ。しかし、ちょっと作りすぎたな。今季初。食べきれませんでした(^◎^;) このオムレツが(オムレツという名前に強引にしている)
残ったものはもちろん明日の食料に回っていくのである。

ちなみに、昨日あげられなかったきのうの晩ご飯。
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こうやって比べると、やっぱり昨日の方が質素なような気がする。

で、今日の体重&ウェスト
59.4kg,88.0cm
体重は減ってもウェストは減らず。
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by tacobu | 2008-05-07 00:28 | 音楽
2008年 04月 29日

ロラ・マシン物語

今日見に行ったのは「ロラ・マシン物語」というミュージカル

http://music.geocities.jp/kis_hrn/

知り合いが、子供と一緒に出るので、ぜひ見に来てほしいというわけで。「憲法ミュージカル」というので、ちょっとどうかな、とも思ったんやけどね。どうかな、と思ったのは、「主張が強すぎて楽しめなくなるのでは」という不安。そういうのと、市民が100人も参加するっていうエネルギーと。それがどうなっているのか。うまくバランスがとれるのかっていうのも見たかった。

で、「不安」の方はまったくハズレ。つまりいい方にハズレたわけ。舞台の出来としておもしろかったなあ。もちろん、押さえどころというか、「過去への謝罪」とか「自由」とか、そういうことはちゃんと伝えようとしている。
それより、舞台として見栄えがする。踊りも歌もよかったなあ。それから照明も。
つまりは、しっかり作ってある舞台だったわけ。100人の出演者も、それぞれが自分の役割をしっかり演じている。というかね、みんな「自分でやってます!」という意欲が前面に出てましたね。だから伝わってくるものがあったんやろなあ。

従軍慰安婦の問題とかは、いろいろ議論もあるところやけど、なにも議論しないというのがいちばん良くないんだろうと思う。そゆ点では、こういう主張のある舞台も、意味があると思うなあ。
今回、親子で出演してチケットを送ってくれたのは、まだ若いお母さんで(若い、と言うといたぞ)、子供も小さい。だから、多分この舞台の意味は分からないだろうけど、「いつか大きくなって、あんな舞台に出た、と思いだしてくれたらいい」と言っていたが、ちょっと心に留める、ということは、案外大事なことかもしれないなあ、とあらためて思いましたよ。
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by tacobu | 2008-04-29 22:46 | 音楽
2008年 03月 01日

【マーラー:交響曲第6番「悲劇的」】テンシュテット指揮:ロンドン・フィル

「悲劇的」という表題は、マーラーじしんがつけたものらしい。ストーリーのようなものがあって、ある英雄が(ここからはうろ覚え)人生の苦難に立ち向かおうとするが、運命のハンマーが彼を打ち砕く、という、まさしく「悲劇的」な内容。こんなんを、交響詩ではなく交響曲として作曲して、マーラーってほんまに変な人やと思う。

さて、この曲はマーラーの交響曲の中でも、暗さでは一番らしい(マーラー好きを自認するわたくしですが、実はあんまり詳しくないのです(^◎^;)
そして、ほかの曲同様、長い。第四楽章だけで30分以上あるのですな。しかし意外に長さを感じさせないです。まえにシューベルトの「グレート」を、長い、と言ったけれど、「長い」と「退屈」というのは、どこかで通じるものがあるかも。つまり、「グレート」に比べると退屈しない。というか、退屈する暇がない。

とまあ、曲そのもののことはおいといて(だいたいあんまり詳しくないねんから。スコアも見たことないし)、テンシュテットの演奏です。これは晩年のライブ録音。なかなか熱狂的な演奏で、全曲が終わった瞬間、嵐のような拍手が起こるのですが、それも納得できますな。
テンシュテットって、実は初めて聞くかも。ロンドン・フィルとマーラーの交響曲を全曲録音していて、柴田南雄さんがとても褒めていたのですね。そんなにいいものか、と思って聞いたわけ。

で、端的に印象をいうと、とても燃え上がってます。わたくし、「燃えるマーラー」はバーンスタインにとどめを刺すと思っていたのですが(その反対がワルターなんやけど)、テンシュテットはいい線いってる、ひょっとしたらバーンスタイン以上かも。って、この曲だけを聴いて判断してはいけませんが(バーンスタインの「悲劇的」は聞いたことがなかった。思いだした。かなりいい加減な印象で書いてます)
でもでも、この演奏はホントにすごい。ためるところ、爆発するところ、おそらくオーケストラの限界ギリギリまで引っ張って引っ張って、そして爆発させている。そのギリギリのところがね。聞いてるこちらも息が上がってしまいますね。

えっと、実は昨日、同じコンビの第2番「復活」も聞いたんです。第1楽章と第5楽章だけ(長いからね)。いやあ、これもスゴかった。こちらはスタジオ録音なんですけど、スタジオ録音でこれなら、ライブはスゴかったやろなあ。やっぱりバーンスタイン以上。ほかのも聞いてみたい。
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by tacobu | 2008-03-01 00:21 | 音楽
2008年 02月 14日

【シューベルト:交響曲第9番「グレート」】バーンスタイン指揮:コンセルトヘボウ

前にフルトヴェングラーで聞いたから、今度は録音のいいもの、と思ってね。
シューベルトの交響曲というと、わたくしの少年時代には何といっても「未完成」であって、「グレート」がメジャーになったのはずいぶんあとの方やったとおもうなあ。
なにしろ長い。といってもベートーヴェンの第九ほどじゃないんだけど。あと、展開があんまり面白くない。シューベルトは何といっても多数の歌曲で有名で、そのメロディの多彩さは群を抜いているんだけれど、この「グレート」という交響曲に関してはどうもうまくいっていないところがあるような。
メロディはきれいなんだけど、どこかギクシャクしているっていうか、うまく曲が進んでくれないんですよね。
で、凡庸な指揮者なら、それこそ退屈な演奏になるんでしょうが、さすがにフルトヴェングラーやバーンスタインとなると、大交響曲に仕立て上げてますな。

とはいえ。ソナタ形式での眼目である、主題の展開という点に関しては、やっぱりちょっと、と思ってしまいます。
でもね、だからといってしょうもない曲、とも言えないんですよね。
展開がすくなくて、でも繰り返しもあるっていうと、最近のミニマムミュージックにつながるようなところもあってね。というと飛躍しすぎやけど、あまりこねくり回さない、実直なところが、クラシックよりもブギウギとかジャズとかロックとかに近いような気もするんですよね。

というのは、バーンスタインの演奏を聴いたから? だとしたら、わたくしの聞き方もとてもおかしいのですな。
でもでも、第4楽章のリズム、あのアフタービートは、どこかやっぱり「踊るシューベルト」というような雰囲気で。踊りのリズムじゃない! と言われてもそう聞こえてしまうのでありました。バーンスタインも、リズムを強調した演奏やしな。
で、そのリズムそのものはとても楽しいんだけれど、40分近くクラシックのきれいなメロディを聞き続けた末にこれがくると、どうもここだけ浮いたように聞こえてしまうのです。

ううむ。なんだかシューベルトに文句を言うてるな。
しかし、フルトヴェングラーだと、第4楽章も違和感なくつながって聞こえたから、やっぱりこれはバーンスタインの責任、とおしつけてしまおう。
それにしても、耳に残るメロディを書くなあ。第1楽章の出だしは、ついつい口ずさんでしまう。ここはとってもきれい。そう、第1楽章は。大好き。
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by tacobu | 2008-02-14 00:34 | 音楽
2008年 02月 09日

先入観には気をつけないといけないということ

ブラームスの交響曲第1番は、わたくしの大好きな曲のひとつです。あの第1楽章の出だしの、ティンパニーがぼん、ぼん、ぼん、ぼんと刻むのを背景に(あるいは対抗して)弦楽器がぶわーーっと長いフレーズを演奏するのを聞くと、鳥肌が立ちますな。
で、こないだ聞いたワルター指揮の演奏が、どうも迫力不足だったもんで、こらあもうちょっと録音の新しいのがいいかいな、と思って聞いたのが、ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団の演奏であります。(1982年録音)
ヴァントさんは写真で見るかぎり、いかにもドイツ生まれのおじいさん(失礼!)といった風情で、こういう人が演奏するからにはきっとドイツっぽい(それがどんなものかは漠然としている)、骨太の(演奏にそんなものがあるのか)、風格のある演奏が期待できると、勝手に思い込んでいたのですな。

ところが、冒頭のティンパニーの、ぼん、ぼん、ぼんが、期待していたのはひとつひとつの「ぼん」が、運命の一打を、人生の一里塚を杭打ちするようなものだったのですが、まったく期待外れ。ひとつひとつの一打一打ではなく、ひとつのフレーズとなって連打されるんですね。いままで聞いた中で、一番すすすっとすぎていったかも。
なんか、違うなあ。そう思って実は昨日は、そこだけ聞いて、あとは聞かずに放ってあったのですが。
今日思い直して、最後まで聞いたろうやないの、と意を決して(そんな大層なものではない)聞き始めまして。
さいしょはちょっと我慢して聞いていたのですが、だんだんこの演奏に入り込んでしまいました。
最初の期待外れは、まったくの思い違い。あの、ぼんぼんぼんから始まった音楽は、楽章を通じて突き進んでいく勢いそのものやったんですなあ。なんかね、このおじいさん(また失礼な)に
「しょうもない聞き方をするな、これは序奏やないかい」
と叱られたような気分になったであるよ。いやはや、お恥ずかしい。

ずっと聞いていると、音に対する過度の思い入れとかがなくて、とても気持ちよく耳に入ってくる演奏です。それでいて、フレーズの盛り上げ方、ちょっといやらしいくらいに細かいクレッシェンド、ディミヌエンドがあったりするんやけど、それが「いやらしい」のちょっと手前でとまっている。フレーズの伸び縮みじゃなく、ニュアンスだけで表情をつけてるせいかなあ。これって、トスカニーニに似ているような(トスカニーニのブラームスは聞いたことないけど)。

その音楽の作り方に、とても気持ちよくなってきて。第4楽章の有名な主題が出てきたときには、不覚にもぐっときてしまったであるよ。
それにしても、ヴァントさん、見かけに寄らず引き締まった音楽を作らはるんですなあ。いや、人は見かけで判断してはいけないということを、二重に再認識させられましたです。はい。
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by tacobu | 2008-02-09 00:54 | 音楽
2008年 02月 06日

【マーラー:交響曲第9番】ブルーノ・ワルター指揮:ウィーン・フィル(1938)

マーラーはその生涯に10曲の交響曲を完成させたが(1曲は未完)、そのうちの2曲、「大地の歌」と「第9番」は生前に演奏することが出来なかった。初演をしたのはマーラーの弟子、ワルター。この録音はその初演者による演奏で、昔から名盤の誉れ高かったものです。
この曲はロマンチックの極みのような曲だから、どんな風に演奏するのか楽しみにして聞きました。
わたくしは長らく、バルビローリ盤を愛聴していました。あちらはステレオ録音で、ベルリンフィルもいいオーケストラで、迫力と美麗さが同居した、すばらしい演奏ですな。
で、こちらは1938年の録音で、もちろんモノラル。録音の良し悪しからいうと話にならない(それでも美しい音で録れているのはうれしい)ですが、演奏はとてもとても美しいものです。迫力にはちょっと欠けるかな。でもその美しさだけで十分という気もする。

思ったよりさらさらと流れるような演奏で、ロマンティズムを期待していたので、少々肩透かしをくらったというか、別のものが出現したってことで、まあ嬉しさも半分有りましたけどね。そう思って聞き進んでいくと、第2楽章ではだんだんと、「明るいんだけど狂気のワルツ」になって、でも第3楽章は激しさよりもやっぱり美しさが勝っているような。
そして第4楽章のアダージョは、思い入れたっぷり・・・・というのとはちょっと違う、なんだかさらさらとマーラーの書いた筆の跡をなぞるような(変な表現やなあ)、そして気がついたらその先に連れていかれているっていうような(ああ、怖い!)、でも気持ちいい(おお、さらに怖い!)演奏です。思ったより速いテンポやったし。

それにしても。この曲は聞くたんびに、「生きててよかった」と思わせますなあ。そんなん思うのわしだけ?
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by tacobu | 2008-02-06 00:30 | 音楽
2008年 02月 02日

【シューベルト:交響曲第9番「グレート」】フルトヴェングラー指揮:ベルリンフィル(1942年)

第二次大戦中の放送録音。
わたくし、実はフルトヴェングラーよりもトスカニーニ派なのですね。つまり、楽譜の指定を無視して、思うがままの音楽をつくるっていうのに、ちょっと抵抗があるんですね。できれば楽譜どおりに演奏して欲しい。そのなかで表現できることをするっていうところに、ちょっとスリルというか、面白さがあるような気がするんですね。何もかも思いどおりに、っていうと、際限がなくなってしまいそうな気がして。

なんていう思い込みは、この演奏の前では見事に打ち崩されてしまいます(^◎^;)
第1楽章の出だし。ホルンの長い長いメロディがゆったりと、ゆ~ったりと流れ出して、ああなんてロマンチック、どこか遠くに行ってしまいそう・・・・とそのあとの主題の展開を聞きながらそう思っていると、なんだか途中から(第2主題に移るとこらへんから)なんかとんでもないことがだんだん起こってきて、気がついたらオーケストラは暴走し出している(^◎^;) げげっ! ど、どこまで行くんだ? しかしその暴走にも際限がないように思えてくる。なんちゅう演奏!
いつの間にかその音の奔流に、オケの暴走に身を任してしまっている自分がいるんですね。そらもう、「ものすごい」という表現はこういうことかなあと。

実はこの曲を聴く前、昨日はブルーノ・ワルターが指揮したブラームスの第1交響曲を聴いたんですが、これがまあ、なんというか、ソツのない演奏だったんです。第1楽章の出だしのあの、混沌とした音の奔流というのが、さらさらと流れ出して、なんだかなあ、と思いつつ聞いてたんですね。その「なんだかなあ」は、第4楽章に至ってようやく解消されて。ああ、この楽章まで持っていくのにあの出だしだったのかなあ、なんて思ったわけですが。
ワルターの演奏は、レコード録音のための演奏、そのためのオーケストラ(コロンビア交響楽団)だったわけやから(そして当時の常識として、何度も録り直ししただろうし)、ある意味ライブ感のない演奏になるのは仕方のないところだったかもしれません。それでも最後クライマックスに向かっていくところはさすがなんだけど。

で、そのあとにフルトヴェングラーなんかを聞いたら(しかもライブ録音)、これはもうぶっ飛んでしまうのは、予想できたはずやのになあ。

こういう演奏をこの曲(普通に演奏したら、だらだらとしたものになりそうだ)から引き出したのはすごいとおもうなあ。でも、いつもこういう風にして欲しいか、「グレートだったらこれ!」と思うかどうかは、また別なんだけど。
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by tacobu | 2008-02-02 00:15 | 音楽
2008年 01月 30日

【ドリーミング】ケイト・ブッシュ(1982)

ケイト・ブッシュはピンク・フロイドのギタリスト、デイブ・ギルモアに見いだされて19歳でレコードデビューした。デビューシングルの「嵐が丘」がヒットして、人気ボーカリストの仲間入り。しかしその後は、レコーディングに完璧を求めて、アルバムリリースは少なかったようである。
日本では、最初はアイドル歌手のように扱われていた。わたくしも昔、テレビのプロモーションビデオ(そんな言葉もない時代だ。ちなみにケイト・ブッシュは1958年生まれだから、わたくしと同年代である)で、どこかの丘の上(「嵐が丘」をイメージしたんだろう)で、体をくねくねとさせながら、どくとくのハイトーンボイスで「嵐が丘」を歌っているのを見たことがある。実はそのときの踊りには、哲学的な意味があったのだ、ということはあとから知った。

ともかく思い詰める性格のようで、この「ドリーミング」は初めて自分でプロデュースした4枚目のアルバムなのだが、スタジオに24トラックのレコーディング機材を3台持ち込んで72トラックの多重録音を敢行し、徹底的にこだわった作りをしたようである。(そのぶん、トラブルも多かったらしい)

その甲斐あって、出来上がった本作は、どの曲も重厚で聞きごたえ十分。厚みのあるバックの演奏に支えられて(というか、それもすべて取り込んでというべきか)、あらゆるボーカルの表現方法を駆使して歌い上げられる。
まるで映画のサウンドトラックを聞いているようだ。おかしな話だが、これだけ曲が練られに練られていると、聞きながら、映画の画面が目の前に浮かんでくる。
いい曲を聴いた、というより、何か別ものに出会ったような感覚である。

こんなアルバムは滅多にありません。
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by tacobu | 2008-01-30 00:29 | 音楽
2008年 01月 25日

【III】ディープ・パープル

どうか、「ディープ・パープル、サード」と読んでください←芥川龍之介風

レッド・ツェッペリンと並び称される、ブリティッシュ・ハードロックの雄(ただし70年代の)、ディープ・パープルですが、初期の頃はプログレ風だったのですね。リーダー(キーボード)のジョン・ロードは、クラシックとロックとの融合を目指していたらしい。
このアルバムのあと、ボーカルとベースがメンバーチェンジ。そのあとも1枚、オーケストラと共演するというアルバムを出しますが、ギターのリッチー・ブラックモアの強い意向で、5枚目の「イン・ロック」で、ハード・ロックに転向。これが成功して、以降ハード・ロックの王者としての道を歩むのですな。

というわけで、このアルバム「サード」は、クラシックぽいです。最後の「四月の協奏曲」では、途中に室内オケが入るっていう構成。はい、まったくロックじゃありません。
ちょこちょこっと、ところどころに後年のハード路線を予想させる(もちろん、今聞くからそう思うんだろうけれど)リフやソロも出てきますが、基本は「楽譜通り」みたい。

アルバム発表は1970年かそこらで、まだシンセサイザーとかが一般でなかった時代。ここではシンプルなオルガン演奏が主体です。もっともジョン・ロードはその後もオルガン一筋、というようなひとでしたけど。エレキ・ギターも、ちょっとしたディストーションはあるものの、まあオーソドックスな使い方。なによりリズム隊がおとなしめです。

今さら目を見張るようなおどろきもなく。楽曲もびっくりするようなものもありません。ちょっと時代を感じてしまいました。
でも、楽曲の構成感は、のちのハード路線になっても継承されたのかな、と思わせるところはあります。無理矢理にでも盛り上げる曲構成。その基盤があったのですね。
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by tacobu | 2008-01-25 00:27 | 音楽
2008年 01月 22日

【ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」】フェレンツ・フリッチャイ指揮:ベルリン・フィル

フリッチャイは、その風貌もあって「フルトヴェングラーの後継」とも言われていたらしいですが、病気(白血病)のために、48歳の若さで世を去りました。若っ! 写真を見る限り、そんなに若くは見えないですが。

晩年ちかくに、ベルリン・フィルとベートーヴェンの交響曲を録音しています。どんなんか、聞くのは初めて。
「フルトヴェングラーの後継」と言われているから、どんなロマンチックな演奏をするのかと思ったら、これが意外にもアッサリスッキリとした演奏でした。
メロディを歌わせる、というよりも、リズムがはっきりした、きびきびとした英雄です。大オーケストラのはずなのに、そうとも聞こえない。実にスッキリ。
そして、これは録音のせいもあるのかなあ、主旋律に対する対旋律がとてもよく聞こえてくる。だからとても音楽が立体的に聞こえる。

この曲は、どんな風に演奏しても納得できる名曲なのですが、こういう聞こえ方もあるのか、という発見があって楽しいです。
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by tacobu | 2008-01-22 00:23 | 音楽