たこぶ・ろぐ-日本一お気楽な48歳-

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カテゴリ:本( 297 )


2008年 05月 25日

父と子、の話なのだが

ユベール・マンガレリという人のことはぜんぜん知らずに、2冊を読んだ。「おわりの雪」「しずかに流れるみどりの川」(いずれも田久保麻理訳・白水社)

フランスの作家なのだと。児童文学もかいているらしいが、この2冊が翻訳されたすべてらしい。どちらも父と子の関係が物語の中心となっている。

「おわりの雪」では、病床の父親との関係。母親は夜になると出かける。主人公のぼくは、トビを買いたい。しかし家の収入は父親のもらう年金と、ぼくが老人ホームで散歩の相手をしてもらうわずかなお金だけ。そんなとき、猫の始末をたのまれる。そしてトビを手に入れるのだが、父親の病状は悪化。ぼくが話す空想のトビ採りの話も聞き取りにくくなってくるようだ。

「しずかに流れるみどりの川」では、ぼくはお父さんと二人暮し。お父さんは工場をリストラされて、庭師のような仕事で何とか生活をつないでいるが、電気が止められ、二人の生活は窮地に。お父さんは「ツルバラ」を育ててひともうけしようとする。そしてある夜、ふたりで豪華な食事に出かけるのだが、そこで厳しい事実を知る。

ええと、このあらすじはかなりええ加減な書き方をしています。もうちょっと深みのある話なんだけど。で、作品としては「しずかに流れるみどりの川」のほうが先に書かれたのだが、翻訳されたのは「おわりの雪」のほうが先だったのだな。確かに事件の起きかたというか、物語の起伏としては「おわりの雪」のほうがはっきりしているかもしれないが、個人的な好みでいうと「しずかに流れるみどりの川」のほうが僕には気に入ったな。こちらのお父さんは、どうもどうしようもない父親のようなんだけど、なぜかこちらの親子のほうが、気持ちのつながりがあるような気がするねんなあ。

とまあ、比べれば、という話になる。実はどちらも実に短い話で(160ページていど)、細かい描写というのもないし、大きな事件、ややこしい事件もおこらないのだな。ちょっと物足りない。
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by tacobu | 2008-05-25 17:13 |
2008年 05月 20日

【ポーの話】いしいしんじ(新潮社)

泥の川から「うなぎ女」がすくいあげたのは、赤ん坊だった。「ポー」と名づけられたその子供は、うなぎ女たちに(たくさんいるのだ)愛され、無垢なまま育てられる。が、ある日外の世界(陸の世界)へと旅立っていき、さまざまな冒険を・・・・
というと、なんだか「少年の成長物語」、つまりは、児童文学的なものを思い起こさせるが、いしいしんじの手にかかると、単なる成長物語ではなくなる。ポーにかかわる人々の、悲しい現実、醜い現実、時にグロテスクに、時にファンタスティックに描かれるのである。
それでいて、それぞれがとても納得できるというか、とてもひどい仕打ちをする人でも、どことなく愛着を感じてしまうのである。
これって、何かに似てるなあと思ったら、そうそう、宮崎駿の映画に感触が似てますな。なんか気持ち悪い場面もあるんだけど、なんかとても許せそうにない悪人みたいなのが出てくるんだけど、どこか魅力的であったりするんですよね。

いしいしんじは、物語をつむいでいく能力が格段に高いと思うなあ。
ただねえ、話に話をつむぎすぎて、ちょっと迷走しちゃってるところがある。この話は。1冊で2度おいしい、どころではなく、3度も4度も5度もおいしいのだけれど。だったら5つの別の話でもよかったんじゃあ・・・・という感じは否めない。

で、これが書き下ろしなんだと。連載ものではなく、こういう長編が書けるっていうのが、才能やろなあ。参ります。
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by tacobu | 2008-05-20 00:09 |
2008年 05月 11日

【家事場のバカぢから】大平一枝・森優子・由井卯月(メディアファクトリー)

これはすごいよ! 仕事を持つ主婦3人が、それぞれの家事のこなし方を伝授する。よくある「家事便利術」「収納便利術」の本なんだけど。今まで読んだこの手の本の中で、ダントツに面白くためになる。間違いない。
「3人よれば文殊の知恵」というけれど、それは3人の性格・生活のバランスによる。この3人が、3人とも個性が強く、しかもそれぞれに家事に悩みを持っている、あるいは「もっと便利な方法があるのかも」という探究心(それほど、家事というのは大変なのだ。まして子供を育てながらだと)の強さにひかれる。

そしてその「手抜き」の方法が、(3人いるものだから)一様じゃないところがミソ。
たとえば、「きれいに片付いていて物がない部屋は掃除しやすい」というのは誰しも納得できるが、その対極として、「隙間なくものが詰まっている部屋は、掃除をするスペースが少なくて済む」
どひゃあ! そんな発想をするとは! しかし一理ある。というか、片付けられない人には、こちらのほうが現実的?
さらに、「棚などにたまるホコリは、こまめに、気がついたときついでに拭き取る」という方法と、
「ホコリは、中途半端にとろうとすると舞い上がる。それより、ためるだけためて、固まって舞い上がらなくなった時が掃除時」
参りました(_◎_)

まさに目からうろこ、鼻からぼたもちの内容なのだ。
そして、これらを書いているこの3人は、普段から仲がいいらしい。それぞれのやり方を尊重しているのがいい。「仲良し3人組の手抜き談義」としても、面白いのだ。
家事がうっとおしいと思ってる人、読んでみなさい。
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by tacobu | 2008-05-11 23:09 |
2008年 05月 10日

内容をよく見て考えよう

中央図書館には「注目書のコーナー」とかいうのがあって、最近注目されているらしい本がかためて置いてある。ベストセラーになった本が、何冊か並んでいるのだ。通常、図書館の中では同じ本は1冊ずつしか見かけないから、ここは特別人気のある本が並んでる、ということなのだろうなあ。
そのコーナーから2冊ばかり借りてきて読んだのだが。

「涙が星に変わるとき」チンギス・アイトマートフ(浅見昇吾訳・花風社)は、パミール高原が舞台。どこ? というのは、どこかで調べてくれ。中国とウズベキスタンとか、あのあたり。そこで長距離の運送トラックを運転する男が主人公で、一目ぼれした女を、婚約者から引き離すようにして結婚し(もちろん、両親には内緒である)、子供も生まれて幸せな日々を送るが、あるとき強引に山越えしようとして失敗し、そこから転落の人生へ。妻とも子供とも離れ離れになってしまう。やがて、立ち直ろうと決意する男の前に、かつての妻が偶然現れ・・・・
とまあ、なんともありきたりなストーリーだ。裏表紙には「ヨーロッパで絶賛の」とかいう宣伝文句が載っているけれど、こんなのが絶賛されるようでは・・・・・と思ってしまいます。主人公の運送屋にまったく思い入れできない(自分勝手でプライドが高く、自信たっぷりなのだが、失敗すると姿をくらます、最低なやつだ)。ま、短い話やから、最後まで読めたけどさ。で、短いくせに1冊の本になってるところがまた。

次に読んだのが「天使になった男」ジョー・タイ(桜田直美・ディスカヴァー・トゥエンティワン)。題名だけ見て、ひょっとして感動ものかなあと思ったんだけど。もっとちゃんと内容を見ておくんだった。
学校経営が破綻して、自殺しようとしている男。というか、自殺しようとがけから飛び降りるんだけど、なぜかそこに天使が現れて、時間を元に戻していく。「君が失敗した原因を探ってみよう」
映画のシーンを見るように、その日の自分の行動を確認していって、さて、何が原因だったでしょう?
「それは君の心にある恐怖心なのだよ」
そうか、それを克服すれば、ビジネスもうまく回り始める!
という、ビジネス指南書なのだな。そうとは知らなかったよ。出版社名から察しをつけろよなあ。まだスピリチュアルものだったら納得もいくけれど。
で、指南書であるからには、時間を元に戻された主人公は、その教訓を生かして次々と難関を乗り越えてゆき、成功者となる。ちゃんちゃん。
各章の中に出てくる、太文字の警句が、いかにも「指南書」と思わせてくれます。悩んでいる人は読んでみはったら。んで、「人生、そんなにうまくいくはずないやんけ」と思ったら、僕と同感覚です。
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by tacobu | 2008-05-10 21:38 |
2008年 05月 10日

【ハル、ハル、ハル】古川日出男(河出書房新社)

晴耕雨読、というわけではないけれど、雨が降ったら野球がないので、本はよく読めるな。

古川日出男という人のことはよく知らないのです。初めて読んだな。
「ハル、ハル、ハル」と「スローモーション」と「8ドッグズ」の3つの中篇。
何しろ文章にスピード感がある。若い人かなと思ったら、1966年生まれやて。それでこの文章。いい感覚かも。少なくとも諏訪哲史よりも共感するなあ。

で、話の内容はかなりエキセントリック。表題作は13歳の男の子と16歳の女の子がタクシージャックをする話。で、なぜかジャックされるほうの41歳男も、それを楽しんでしまうという。その背景が何なのかはほとんど説明もされないのだな。そんなのに理由がいるのかい、といった感じだ。ま、いらないんでしょう。
「スローモーション」には、最後にちょっとした事件が待ち受けているんだけれど、それがどうしたって思うくらい、その前段階が面白いかな。「8ドッグズ」は、最後までよくわけがわからないんだけど、わけがわからないなりに楽しめた。そんな僕はちょっとおかしい?
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by tacobu | 2008-05-10 14:16 |
2008年 05月 09日

【きみのためのバラ】池澤夏樹(新潮社)

読んだらすぐに感想文。そしたら記憶もそのまま。多少思い入れの強い文章になるかもしれないけれど、それもまたそのときの真実として。

池澤夏樹の短編集。まあちょっと長い目のものも入っているけれど。
外国での話が主。そこで出会った人々、そこの出来事。そんなものがつづられている。題名から察せられるとおりの、なんだか心が温まるような、それでいてちょっとさびしげな、なんともいえない味のある話ばかりである。
大事件が起こる、というものはむしろ少ない。何気なくすごしていたら見過ごしてしまいそうな出来事を拾い上げて、そこに心に残るものを見つけ出す。こういうのは(あんまり好きな言葉じゃないけど)伝統的な日本の私小説という気がします。

実はこの本を読む前、「アサッテの人」(諏訪哲史)を読んだのだが、あまりにも面白くなくて途中で投げ出してしまったのだ。内容は・・・・・・といえるところまで読まなかったなあ。というか、最後まで読まないと構成の全体が見えてこないような話のつくりだった。小説になる前の小説というか。そういうのに共感できないと最後まで読めそうにない。

で、「アサッテの人」が、新しい表現を獲得したのかどうか、ということにはあんまり関心がないのであります。それより、話として面白いかどうかで、あんまり面白くなかったわけ。

で、この「きみのためのバラ」は、その正反対というか、まったく古典的といってもいいくらいの文章の運びで、なんとなく読んでいて安心させられたっていうのもあるなあ。

前にこの作家のを読んだのは、何だったかなあ。同じような、なんともいえない気分に(もちろんいい気分)になったのを覚えている。そのくせ本の題名も思い出せないとは(^◎^;)
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by tacobu | 2008-05-09 01:08 |
2008年 05月 07日

いしいしんじは、くせになりそうなのだ

ここしばらく、読書感想文を全然書いていないなあ。なんか、どんな本を読んだのか忘れそうであるよ。覚えてる間に書いとこう。

いしいしんじの「絵描きの植田さん」(ポプラ社)と、「白の鳥と黒の鳥」(角川書店)を読んだのだ。
「絵描きの植田さん」は、事故で耳が聞こえなくなった画家の植田さんが、引っ越した先の村で遭遇する事件。その事件が起こるまでが、なんとなくこころが暖まるのだな。
「白の鳥と黒の鳥」は短編集で、こちらはいしいしんじの「摩訶不思議な世界」が全開である。なにげなく読み始めると、「あれ?」という設定になっていることに、あわてて前のページを読み返し、しかし「あぁ、そういうことか・・・・」とちょっと納得させられて、しかし納得している自分は大丈夫なのだろうか、という思いで読み進んでいくと、「あれっ?」と思ったまま終わってしまう。しかしその「あれ?」は、なぜか心地よい「あれ?」なのだな。

ここちのよい「あれ?」というのが、いつもいしいしんじにはついて回るような気がする。とつぜん熊がしゃべり出したり。そしてそれが、いつのまにかつじつまが合って・・・・というときもあるし、結局つじつまが合わないままだったりすることもあるのだが、そんなときは、理解できない自分が、狭い了見で本を読んでいるのではないかという反省をさせられたりするのだ。すでに術中にはまっているなあ。

「絵描きの植田さん」は、実際に挿絵を描いているのが植田さんなのですね。いよいよのクライマックスでその絵がページ一杯に広がると、なんだか映画のクライマックスに出会ったような気になるのだ。ほんまに心地よい。
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by tacobu | 2008-05-07 23:10 |
2008年 04月 30日

【ラジオ・キラー】セバスチャン・フィツェック(赤根洋子訳・柏書房)

ラジオ局をジャックした犯人の要求は、「妻に会わせろ」
交渉人に選ばれたのは、今しも自殺しようとしていたイーラ。二人の娘のうち、長女は自殺、次女は心を閉ざしている。自殺の原因は自分なのか。
一方、ラジオジャック犯は、公開放送に来た市民を人質に、要求を突きつける。だが、その肝心の妻は、すでに死亡が確認されていた。

で、いろいろ話が展開していくんですが。展開しすぎ。奥さんが「死んだ」裏には、国家の謀略が見えてくる。かと思えば、今度は母と娘のドラマに突入。さらに、「裏切り者は誰だ?」という、「24」なみのサスペンス。そして銃撃戦。

お腹いっぱいになったところで、大団円。なんだかなあ。
始まりは何かが起こりそうで起こりそうで、あっ! やっぱり起こった!
ってことで。まあ、「意外な展開」と言えなくもない展開なんだけど。その意外さ、ちょっと無理があるよ。

最後は、ハリウッド映画の焼き直しのようなラストシーン。あとがきにあるような賛辞は書けないなあ。
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by tacobu | 2008-04-30 21:36 |
2008年 04月 23日

近頃読んだ本

こちらも久々に、本の話なぞ。
一言でもええから感想を書いておいた方がいいと思う。あとで「どんな本やったか」がわかるように。そう、読んだ本読んだ本の内容が、どんどん無くなっていくような気がするのだ。で、一度読んだ本は、あんまり2度とは読みたくない。新しい本を読みたい。読んでない本を読みたい。
今、いつも手許に持って歩いている、サマセット・モームの「サミング・アップ」(新潮文庫)に、同じようなことが書いてあった。一度読んだ本は、二度とは読まないのだと。読み返すより、新しい話を読みたいと思うのだと。同じだ。
ただ、同じ文章の中で、
「どんなにつまらないと思っても、最後まで読まないと気がすまない。飛ばし読みもできない」
と書いてあるが。まあ確かに、わたくしも同じような気持ちではあるんだが。でもモーム先生、あなたは「読書案内」や「世界の10大小説」で、
「つまらないと思うところや退屈なところは、飛ばして読めばいいのである」
って言うてはったやないですか。ほんま、たのんまっせ。

で、この「サミング・アップ」なんだけど、さっさと読んでしまいたいんだけど、なかなか先へと読み進ませてくれない。なぜというに、「要約すると」という訳語どおり、いろんな物語のエッセンス、警句、ジョークが満載で、それも1文に1箇所以上はそういう、後世に残るような名言がちりばめられていて、どの文章のどのセンテンスも、それこそ「読み飛ばす」ことができないのである。いきおい、読む速度は遅くなり、わたくしとしては異例なくらいに、丁寧に丁寧に読んでしまうのである。
もちろん、そういう風に読んでいいと思うのだけれどね。ただ、図書館の貸出期間はきまっているのだ。うむむ。



そんな「サミング・アップ」はほっといて、というか、どうせ最後まで読めそうにないので(これからじっくりゆっくり、何度も借り直して読む本かもしれない)、その他の本を、つまみ食いみたいに読んでいるのである。

「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」(内山節・講談社文庫)は、どうやら「民族学的歴史観」というのを説明しようとしていたらしい(ああ、もう、読んでからかなりの日数が経ってしまったので、細かい内容が思いだせない)。
いつからか、「キツネにだまされた」という話を聞かなくなった。それは高度成長期に重なる。それはなぜか、という考察。
なんだけど。題名ほどのインパクトは、残念ながらなかったなあ。ちょっとありきたりというか。

「情報のさばき方」(外岡秀俊・朝日新書)は、副題に「新聞記者の実践ヒント」となっていて、朝日新聞の編集局長である著者が、どのように情報をさばいているか、を語ったもの。
情報のさばき方の(分析の仕方、ではない)ヒントになるかどうかはさておいて、「新聞ってこうやって記事を決めるのか、へえええ」という面白さはありました。

「キミは珍獣(ケダモノ)と暮らせるか?」(飴屋法水・文春文庫plus)
いや、これは面白いですよ。痛快というか爽快というか。あらゆる生き物の中で「楽しみのために」ほかの生き物を育てる(一緒に暮らす)のは人間だけである。そんな人間が「珍獣」を飼いたがる。珍しいケダモノ。そんなものが人間に「慣れる」わけがない。人間の身勝手さ、横暴さを告発するこの著者は、アニマル・ショップの店長である(^◎^;)。そして、この本に紹介してある「珍獣」について、「一度は飼ってみたい」とも書いているのである。なんという矛盾! しかし、それをも受け入れているところがとても気持ちいいのだ。
珍しい動物を買いに来て
「慣れますか?」と尋ねる客には、「だったら犬を飼え」と思うらしい(口には出さないらしいけど)。
動物と人間との関係。改めて考えてみませんか。ただの「自然を守ろう」じゃなくて。

「作家の誕生」(猪瀬直樹・朝日新書)は、評論なのかなんなのか。「作家」とはなにかを問い掛ける書、なのかなあと思っていたら、どうも最後の方になると、戦後日本のあり方みたいなことにまで言及してあって、どうも一貫性がない。個々の話は面白いところもあるんだけれど。
明治時代から戦後(三島由紀夫の自殺まで)を俯瞰して、「日本文学の歴史」ではなく、「作家の歴史」を考えてみようとしたもの。なんだろうけどね。
「作家」というのは、お金になる本を書きたかった。つまりは「流行作家」になりたかった。なのかもしれない。菊池寛も芥川龍之介も川端康成も、流行作家だった。まあね。
そういえば、芥川龍之介や川端康成は、日本史でもでてくるけど、菊池寛は習った覚えがないなあ。通俗小説は日本史には入らない? そういうところに切り込みたかったんやろなあ、著者は。しかし、範囲が広すぎて、消化不良。一冊の新書には荷が重すぎた。
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by tacobu | 2008-04-23 00:20 |
2008年 04月 05日

【ウェブ進化論】梅田望夫(ちくま新書)

こういうIT関係の新書っていうのは、出たときに読んでしまわないと、あとで読んでも(ITの世界は進歩が早いので)陳腐化していて、書いている内容と実際とがおかしな事になっていたり、本のなかでは「最新の知見」とされているものが、世の中の常識になっていたり、あるいはもうすでに過去のテクノロジーになっていたりするものだ。
で、この本は2006年2月の刊行。なので、中で述べられていること、予言されていることはすでに現実となり、さらに先に進んでしまっている。
とはいえ、耳を傾けさせることもあって。例えば「あちら側」と「こちら側」の話。現実世界で、実際の機械を前にしている「こちら側」と、ネット上で仮想世界での事業を起こしている「あちら側」という視点。こちら側の代表格はマイクロソフト、あちら側はグーグル。で、こちら側に固執している限り、あちら側には太刀打ちできない。なぜなら考え方が違うし、コストも格段に違うから。
というわけで、実際世界だけに固執している古い考え方をいつまでも持っていてはいけませんよ、という警告になるのだが。ということでよろしいでしょうか?

いや、実は正確に本の内容を把握できたのかどうか、よく分からんままに読み終わったのです。最初に書いたように、もう古くさくなった話とかも多いので、適当に読み飛ばしてしまったわけ。でもまあ、新書っていうのはそういうふうに、自分に役に立ちそうなところだけ、選んで自分のものにするっていうのでもよさそうな気がするのですな。

本の内容と関係のない話になったけど、ともかく、読んで損はないけれど、特別びっくりすることや特になることもない、というところですな。
ただ、グーグルの成功などを目にしているので、なんとなく、なにごとも前向きに考えたらうまく行きそうな、そんな楽しい気分にはなりますが。
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by tacobu | 2008-04-05 00:05 |