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たこぶ・ろぐ-日本一お気楽な48歳-

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2005年 12月 09日

ミステリーを読みたくなった。

久しぶりに推理小説、ミステリーを読みたくなった。これも植草甚一効果やな。「効果」と言うか。いまだに影響されている。カブレているといっていいな。

先日市立図書館に行ったとき、文庫本の棚の前でミステリーの面白いのはないかと物色していたら、制服を着た高校生らしき女子二人連れが棚を見て、
「なあ、この赤川次郎って、知ってる? 聞いたことある?」
「さあ・・・・」
「なんかなあ、こないだテレビでやってたらしいで」

そうか。最近の子は赤川次郎といってもピンと来ないらしい。確かに一時のように出せばベストセラー、出せば話題沸騰ということは無くなったみたいやからな。といって、今まで出した本の価値が下がることはないやろうけど。

僕も昔、何冊か読んだことがあるけど。才能にあふれた人、って感じやったな。推理小説としてどうか、というのは難しいところがあるけど、ミステリーとしては王道を行ってたような気がするなあ。設定の面白さとか登場人物のキャラクターとか。物語の構成もしっかりしてて、サササッと読めてしまうねんけど、そのあとで「ああ、しょうもなかった」と思った記憶がない。ただ、「何を読んだか」と聞かれると、サッパリ思い出されへんのだな。

で、赤川次郎を読んだんやなくて。読んだのは森博嗣の「黒猫の三角」(講談社文庫)。かつての赤川次郎と同じく、出せばベストセラーになってるようなんですよね。どこが面白いんやろうと思ってね。最近のミステリーにも興味があったし。最近のミステリーというと、宮部みゆきぐらいしか読んでへんからね。

実は森博嗣の本を読むのは2冊目で。前に読んだのはミステリーではなく「アンチハウス」という、自宅を建てる顛末記やった。その時は森博嗣なんて聞いたことがなくて。これで「もり・ひろし」と読むのも知らんかったしな。ただ変わった建築の話は面白いやろなあと思って読んだんやけど。あ、以前の読書感想文を見たら、最後まで読んでないわ(^◎^;)。それに自宅やなくて、作業場兼ガレージの話やったわ。エエかげんな記憶やな。

ま、それくらいの印象やってんけど。ある時新聞の書評欄で、今週のベストセラーとかに名前が載ってて。へえ。ミステリーを書く人なんやあ。それも出してすぐの本がベストセラーになるくらいやから、人気あるんやろうなあ。と、その時初めて作家として認識したのだな。

それから図書館で改めて見てみたら、もうめっちゃいっぱい本を出してはるんですね。ミステリー、エッセイ、その他。それだけ需要があるってことで、きっと人気もあるんやろなあ。と思いつつ。その時はエッセイの最初の方を読んだら、どうも自意識が高いというか。ちょっと胡散臭いような気がして読む気が無くなったのだったな。イラストとか本の体裁とかがちょっといっちゃってる感じでね。ポップっていうこともいえるんやろうけど。僕の趣味にあわへんかったんやな。

ほんなら、ミステリーの方はどうか。と思って読んでみたわけ。ようやく本題やな。

ミステリーの本道を行く「密室殺人事件」。3年続けて同じような殺人事件が起こる。それも最初と2回目は7月7日。3回目は6月6日。そして被害者の年齢が、最初は11歳、二人目が22歳、3人目が33歳。ということは、今年の6月6日に44歳の女性が狙われるのでは。
そういう脅迫状を受け取った女性が、知り合った探偵に見張りを依頼するのだが、それも虚しく殺人は挙行される。さて犯人は。そして目的は。

と、こう書くと、なにやら「本格ミステリー」風に、横溝正史かなにかの「伝奇風」なってくるけど。文章の調子が軽いので、印象は全然違うんですな。軽い軽い。

まず、しょっちゅう出てくる比喩表現がサッパリ面白くない。「なんでここでこんな表現?。こんなたとえ?」と思うのが多い。「ミイラが入れそうな置き時計」とかね。なんか変。シャレてもいないし怖くもないし。ただの言葉遊びにしか思われへん。言葉遊びと言えば、題名にもなってる黒猫のデルタやけど、種明かしをされても「へえ・・・」と思うだけで「してやられたり!」という面白みが全くない。まあ、バックボーンの知識がないせいやけど。それがなかったら楽しまれへんというのは、どうなんかなあ。こういうエンターテイメント系の本の場合。

さらに本書の軽さを増してるのが、登場人物の名前。B級の少女漫画を彷彿とさせるややこしい名前のオンパレードで、「面白い名前でしょう?」と言ってる作者の顔が思い浮かぶようや。その顔、あんまり見たくない顔やな。「僕って、面白いでしょ?」って言ってる芸人のようで。芸人やったらそんなことをするヤツは確実に売れへんやろうけど、この人はベストセラー作家やねんな。面白いな。

本業は理系の大学教授らしい。これだけ売れてたらどっちが本業ということもないやろうけど。で、その理系の頭の良さというか、そういうのが前面に出ていてね。
それと、常識の範囲というか、「これくらいは説明しなくても」というのが多いような気がするなあ。よお分からんのだよ、というのがいっぱい。そこを解き明かしていく面白さみたいなのが、この作家にはまっていく道らしいけど。僕はあんまり興味がないな。なんでってね。解き明かしたところで「解き明かしましたね。このなぞなぞは、面白かったでしょ?」と満足げにほくそ笑む作家の顔が見えるような気がしてね。あんまりいい気持ちでない。

軽い軽いと書いたけど、後半の謎解きの部分では一転、哲学的な色合いを帯びてきて。この部分はこの部分で面白かったから、ここだけ切り離してまとめたらよかったのにな。前半3分の2は、はっきり言って余分。後半部分だけやったら、まとめようによっては一級の心理小説になったと思うのになあ。

推理小説のセオリーを逸脱してるとか、そういう問題もあるけど、それよりもっとこの本の残念なところは、そういう全体のバランスの悪さやろな。



本の内容とは関係ないけど、講談社文庫って字が大きいですね。それで、行の間隔がわりと詰まってる。何と比べて、というと、岩波文庫と比べてやけど。特に「タイム・マシン」は、字が小さくて間隔が広かったな。行の間隔がとても広い。

講談社やと行間はほとんど文字の幅の半分ぐらいなんやけど、岩波文庫は文字幅以上の行間がありましたな。字が小さいから、余計にそう思ったのかも。

1ページの文字数はどうなんやろうか。どちらが多いのか。ま、どっちでもええ問題なんですけど、ちょっと気になる。それぞれポリシーがあって、本の体裁、字のポイント数、行間は決めてると思うからね。

おなじ岩波でも、他の本は「タイム・マシン」ほど行間の空いたものはないようなんですね。何かの事情があってそういう体裁になったのかなあ。

で、問題は読みやすさなんですけどね。どっちが読みやすいか。これ、決めにくいですね。字の大きさは大きい方が読みやすいような気がするけれど、あんまり字が大きいと(変な言い方やけど)字が笑ってるように見えるんです。ページの中で字がワイワイ騒いでいるような感じ。まあフォントの種類にもよるんでしょうけど。講談社文庫は字がワイワイ騒いでる。で、ページの余白とかもちょっとしかないから、ページいっぱいに広がってワイワイしてるような感じを受けるんですね。

逆に「タイム・マシン」は、字が沈んでるというか。ちょっと寂しげに見えたりするんですよね。字と字が。寂しい。

これが図書館で借りるんやなくて、自分で買うことになってたら、やっぱり1ページに字がいっぱい詰まってる方が割安なような気がして、そちらを選ぶんでしょうけど。読みやすさという基準だけやと、やっぱり決められないんですね。



大学の図書館のHPがありました。いや、あるのは知ってたけど。蔵書とか新刊とかの検索が出来るんやね。うれしいな。便利やな。

さっそくちょこちょこっと検索。ううむ。プルーストは世界文学全集でしかないのか。リリーフランキーの「東京タワー」は。あった! しかし貸し出し中だ。貸し出し中かどうかも分かるのか。これは便利!

読んでみたい本のタイトルとか、作家名とかでも検索できるみたいやから、せいぜい利用しよう。

by tacobu | 2005-12-09 12:00 |


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