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たこぶ・ろぐ-日本一お気楽な48歳-

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2007年 11月 28日

【充たされざる者】カズオ・イシグロ(古賀林幸訳・ハヤカワ文庫)

ひいふう。やっと読み終わりましたよ。意外と時間がかかったのは、読みにくかったからではなくて、個人的に時間がとれなかったからですけどね。確かにもってまわった言い方や慇懃無礼なもの言い(おっと)なんかがちりばめられていて、物語はなかなか進まないという面があるにはあるんですけど、それは読みにくさにはつながっていないのだな。

著名なピアニスト、ライダーは、初めて訪れた欧州のある町で、ピアノ演奏とちょっとしたスピーチをする予定である。ところが会う人ごとにいろんな話を聞かされ、相談に乗り(それもいやおうなく)しているうちに、時は過ぎていき演奏会の準備もできない。
たとえば、ホテルの支配人ホフマンは、ライダーのファンである夫人のコレクションを見て欲しいといい、さらに息子がコンサートで前座のピアノを弾くので、一度練習を見て欲しいといい、さらにホテルの老ポーターは、娘が何か悩んでいるようなのでその相談に乗ってやってほしい、「自分とは話をしないので」といい、その娘に会うと、その娘の子供を紹介され、「パパよ」などと言われると、そんなはずはないのに、かつて一緒に暮らした様子が思い起こされて・・・・・
いやはや。
書き始めて、この小説のあらすじなんて、大した意味がないんじゃないかと思えてきた。

で、語り手でもある主人公のライダー氏も、ひとつのことに集中するかと思えばそうでもなく、肝心なところではまったく力を発揮できずに(それでいて、自分には重い責任がかかってきていると、常に思っている)、ずるずると時間を浪費していくのである。
目的としているコンサートはおろか、パーティーやスピーチやその他もろもろのことがらが、何ひとつとして達成されないままに話はどんどん進んでいくので、読んでる方はイライラ感が否応なく募ってくるのである。訳者のあとがきにも触れられていたけれど、目的にたどり着こうとして堂々巡りを繰り返す、というあたりは実にカフカ的。いや、カフカ以上に幻想的な、あるいは不条理な会話やシチュエーションが満載である。

ああ、そのイライラ感にとらわれたら、それこそ作者の思う壺なのだろうナア。
だいたいこの小説は、シリアスな私小説なのか、それともコメディなのだろうか。途中でいくども「何でやねん?!」とツッコミを入れたくなる場面が出てくるのだ。そのたびに「ああ、コメディなのだなあ」と思うのだけれど、すぐその文体の丁寧さに、もとの純小説に戻ってしまうのである。

で、結局どうなるか・・・・・というのは、まあ読んでもらうとして。なんていう謎解きは結局はありません、というのにとどめておきましょう。

以前、斎藤美奈子の書評で、「最近のミステリは長編化している」というのを読んだことがある。今の読者は、「謎解きよりもミステリーの風合いを、できるだけ長く楽しみたいらしい」のだ。
同じ観点からこの「充たされざる者」を見ると、なるほど、ぐるぐる回るイシグロ世界をいつまでも堪能したい、できるだけ長く、という人にはぴったりな話でしょう。
それにしても、ほんま夢の中をさまようような感覚になりますけどね。

「日の名残り」とはまったく違うタイプの小説で、出版当時賛否両論が沸き起こったのは当然でしょうなあ。しかしこのあとの「わたしたちが孤児だったころ」とか「わたしを離さないで」を知ってる身としてこの作品を読むと、
一度はここまで振り切らんとあかんかったんかな、
という気がします。つまり「日の名残り」から一気に正反対に針を振り切って、そこからまたちょっと戻して「わたしたちが孤児だったころ」に行き、さらに微調整して「わたしを離さないで」に行き着いて、ということなのかなあ。いや、これこそ思い込みというか、それこそ適当な作品構成のあてはめに過ぎないでしょうけどね。
ともかく、これを書いたことで、このあと何を書いても許される、と思ったかどうかは、本人しか分からんことですが。

by tacobu | 2007-11-28 00:19 |


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