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たこぶ・ろぐ-日本一お気楽な48歳-

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2008年 02月 10日 ( 4 )


2008年 02月 10日

雪雪雪

昨日の朝、窓の外は真っ白! と思ったら、それは窓が結露しているだけだった(ぶーこがおいしそうに嘗めていた(^◎^;)
しかし。今日は正真正銘の雪!です。朝から。
「朝は寒いからなあ。昼から、暖かくなったら、雨になるやろう」
なりませんでした。ずっと雪。夕方まで。細かくなったり、ぼた雪になったり。
「積もるかなあ・・・」
積もりました。見事に。

ぶたこのページをご覧あれ。

雪が降ると、なんとなく心がウキウキします。と同時に、どこにも出かけたくなくなります(^◎^;)
というわけで、今日はずっとおうちでダラダラ。本を読んだり、テレビを見たり。
土曜日は、アニメ「メジャー」とドラマ「フルスイング」と、ついでにバラエティの「土曜はダメよ」を見るから、まあ忙しい。
「フルスイング」は、分かっていても泣かされます。造られてる、と分かっていても。出てくるひとが、みんな普通ぽくっていい感じ。スターがいない方が、こういうドラマはよろしいなあ。


60.2kg,87.5cm
相変わらず。変わらないということはいいことだ。
あしたは、もちょっと暖かくなるみたい。ああ、今日はほんまに寒かった。

by tacobu | 2008-02-10 00:51 | 日記
2008年 02月 10日

【ことば遊びの楽しみ】阿刀田高(岩波新書)

「詭弁論理学」のあとでは、なんかふぬけのような(失礼!)感じもしますが、面白いのは断然こちらかなあ。って、別々の主題を並べて比べても仕方がないとは思いますけどね。
だじゃれやかぞえうた、回文やなぞなぞといった、ことばで遊ぶ日本語をいろいろと解説しています。
こういう「遊び」があることが、日本語の素晴らしさだと。確かにそう思いますね。
「鳴くようぐいす平安京」とか「いい国つくろう鎌倉幕府」とかいうのは、日本語でないと思い浮かばないかも。回文にしたってそう。

ま、だからどうなんだと言われると辛いものがありますが(^◎^;)。
この言語で、楽しみがちょっと増えてるよ、と思ったら、気分がいいではないですか。これも「文化」のひとつやと思えばね。

著者は、ワープロの発達なんかで、そういう「遊び」がなくなっていくことに、多少懸念しています。その関連はどうかなあ。あるようにも思うし、もっと別の原因でこういう文化がなくなっていくような気もするし。そのあたりはむずかしい。

by tacobu | 2008-02-10 00:41 |
2008年 02月 10日

【詭弁論理学】野崎昭弘(中公新書)

1976年刊の新書。
「相手の意見に呑まれてしまう、詭弁を見抜けない、強弁に勝てない、議論に負けてしまうひとのために」書かれたと書いてあるけれど(いつものごとく、正確な引用ではありません)
決して最近流行りの「議論べたのひとのための○○法」とかいう、ハウツーものではありません。
議論とみせて、相手をやりこめる詭弁の構造、強弁の構造を明らかにするのが本書の目的らしい。それでも負けてしまうのなら、いっそ論理で遊んでしまいましょう、悩むのはやめましょうというのはあるけれど。

いろんな「論理クイズ」も交えて、論理学の入門書のようにもなっているところがミソ。今読んだのは2002年の増刷版だけれど、つまりはロングセラーってことやんなあ。新書でロングセラー。これは最近の新書では珍しいことでしょう。

子どものころ「頭の体操」というクイズ本がはやりましたな。クイズ本といっても、子どもが楽しむような「なぞなぞ本」ではなく、きっちりとした論理に基づいたパズルでありました。ベストセラーになって、第2集、第3集というふうに、次々に続編が出版されました。
わたくし、こういうパズルものが大好きで、第4集まで買ったかなあ。ちょっと数学的な面白さもあってね。

で、この本、ちょっと説明っぽいというか、難しくてなかなか理解できないところもあったんやけど、そういうところは飛ばし飛ばし読みまして。
結局一番面白かったのは、最終章の「論理のあそび」でしたね。わたくしも「議論べた」の類ですが、ま、おあそびで憂さを晴らすのが一番かと。

by tacobu | 2008-02-10 00:32 |
2008年 02月 10日

【いつか猫になる日まで】新井素子(集英社コバルト文庫)

新井素子の2冊目の本。19歳での作品だそうです。あとがきに丁寧にその経緯などが書いてある。新井素子の本は、いつも丁寧にあとがきがついていて、これがまた本編とは別に、とても面白いものです。本になって、増刷されて、文庫になって、とその度に書かれているようで。これは別のエッセイとして、面白い。

さて本編。同じ夢を見た(ということはあとで分かる)6人の少年少女(青少年?)が、公園に墜落したUFOを発見。エイリアン同士の戦争に巻き込まれる。というか、地球を標的としたエイリアン同士の戦争ということが分かって、それを治めるべく立ち上がる、と言った方がいいのかな。まあ、ともかく平たく言えばそういう話です。

で、宇宙での戦闘シーンとかがあるんだけれど、戦争といっても殺し合いをしているわけではないのですね。そこには「ルール」があって、どちらもそこそこ勝たないように、負けないようになっている。なんじゃそら。つまり多くの死者が出る、ということもないわけですね。エイリアン同士は、戦争をすることが生きがいというか、それしか生活がないわけで、何が原因で戦っている、というわけでもない、というむちゃくちゃな設定なのですな。(これで思いだすのは、アニメの「超時空要塞マクロス」ですが、それはまた別の機会に)
だから少年少女たちだけでも、十分立ち向かえる、ということもあったのかなあ。設定に無理があって、無理がないというか。変な感じ。

そして、この戦争の元々の元凶が・・・・・というところがこの作品のミソなのですね。ただの冒険活劇ではない、なんとなく哲学的な意味合いが感じられる。

作中、主人公がつぶやく、「ハッピーエンドなんか面白くない。王子様と王女様が結婚して、幸せに暮らしました、なんて。あたしはそこで、天から石が降ってきて、みんな死んでしまいましたっていう結末がいいと思うのよ」(正確な引用ではありません。あしからず)っていうのが、どこか作者自身の言葉のように思えるなあ。
だから、「戦争が終わって、よかったよかった」にならない、エピローグがついているのか。これがあるとないとでは、全然作品が変わってきてしまいますからね。でも、あまり深入りしすぎると、収拾がつかなくなる。そんなところに入ってしまったのですなあ。
だから新井素子の作品は、どこかで「終末」を感じさせるものになるのか。なんて、こちらもちょっと哲学的になったりします。
表紙の絵は、「あたしの中の・・・・・」ほどではないけれど、やっぱり50おじさんが電車で読むにはちょっと恥ずかしいです。でも勇気を持って読みましょう。

by tacobu | 2008-02-10 00:14 |